お茶コラム

お茶が一段と美味しくなる、知られざる南部鉄器のカラクリ

2013年11月25日 10:45

石松園の高野です。

今日は嬉しいニュースが届きました。最近知り合った農園の方が静岡県の「茶」の品評会で受賞されたと連絡があり、その「茶」を送って下さいました。

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店で使用している「南部鉄瓶(なんぶてつびん)」で湯を沸かし、淹れてみました。

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この「茶」は淹れた緑色が綺麗な「深蒸し茶」ですが、コクのあるしっかりとした味わいの中にまろやかな甘みの感じられるとてもおいしい「茶」でした。

今回は、その「茶」を淹れる「湯」を沸かした「南部鉄器の魅力」について描きたいと思います。

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なぜ、「南部鉄器」がいいと言われるのでしょうか?

(1)健康面でのメリット南部鉄器を使うと、鉄分が多く摂取できると言われています。例えば酢豚を作ると、ステンレス鍋使用時よりも鉄分を約30%も多く摂取できると言われているそうです。現代の食生活で不足気味な鉄分を南部鉄器の鍋で調理することによって改善することが出来るのだそうです。

(2)味がよくなる慣らした鉄瓶でお湯を沸かすと味が「柔らかく」「美味しく」なります。 他の産地の鉄器には無い、特殊な工程のために、鉄臭さがお湯に出ないといわれてます。最近は欧米においても鉄瓶で沸かしたお湯の味が評価されているようです。
このことは実際に使用してみて実感することが出来ました。

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(3)存在感のあるさま
好みが在るかとは思いますが、私にとっては店に居てくれるだけで落ち着く存在です。

南部鉄器は、「岩手県南部鉄器協同組合連合会」の加盟業者によって作られている鉄器のことを言います。
岩手県の「盛岡」と「水沢」がその拠点で、そのはじまりは若干の違いが在るそうです。

繊細な鋳肌と重厚な味わいのある着色が特徴の南部鐵器は、「盛岡」の歴史と自然が長い時間をかけて作り上げた、盛岡が誇る伝統工芸品で、その歴史は古く、約400年前より、文化に造詣の深い代々の南部藩主に保護育成され、今日まで受け継がれてきたそうです。南部鉄器の「南部」の名称は約400 年前、南部信直公が盛岡に城を構え、藩主としてこの地を持っていたことに始まります。盛岡には古くから砂鉄、岩鉄などの良質な鉄資源や、川砂、粘土、漆、木炭などの原料がすべて地元で産出され、鋳物産業にはもってこいの立地条件にあり、そのころから鉄器が製造されてきたということです。

南部藩歴代の藩主はいずれも産業・文化に関心が強く、甲州(今の山梨)から鈴木縫殿を御鋳物師をして招き、さらに京都の釜師 小泉五郎七を御釜師として呼び寄せ、大砲、釣鐘、茶の湯釜の製造にあたらせたそうです。中でも、八代藩主利雄公は茶道に秀でており、そばに仕える者ばかりか、城下の武士・町人にまで「茶道」を広めていったといわれています。御釜師が作った湯釜ば幕府・各藩への贈答品として使われ「南部釜」は大いに名声を得ていたということです。

「茶道」が盛んになると藩内ではさまざまな流派に分かれるようになり、幕府の役人や各藩の使者をもてなす茶会で不都合がでるようになりました。そこで8代藩主利雄公は、藩内の茶道を統一し、さらには自らも釜を作りたいと3代目御釜師 小泉仁左衛門を師匠に仰いだということです。このころ、新しい煎茶法が流行りだし、3代目仁左衛門が「湯釜から鉄瓶はどうだろう」と、寸法を縮めた茶釜に口とツル(持ち手)を付けられて、今の南部鉄瓶が考案されたそうです。鉄瓶は茶の湯釜のかわりに広く手軽に使われるようになり、湯沸かしの日用品として広くいきわたったということです。
この「南部鉄器」と「茶道」の関わりもとても興味深い点です。それは、それぞれが自分の道を極めようとしながら、互いに関わり合って歴史を作ってきたという点においてもまだまだ知りたいことがたくさんあります。

その後、大正天皇がまだ皇太子だった明治41年の秋、大正天皇を東北地方に招き、各県の珍しい物をご覧いただくことになり、岩手県では、南部藩御釜師「8代目 仁左衛門」が鉄瓶や茶の湯釜を作り、その順序をお目にかけたそうです。その様子が、東京をはじめ全国の新聞に掲載されたのをきっかけに、南部鉄瓶、湯釜の人気はうなぎのぼりになり、伝統的な技術から生まれた鉄瓶、湯釜は大発展し、鉄瓶といえば
「南部鉄瓶」といわれるほどになったということです。

その後、昭和の時代においては、第二次大戦中は戦時体制により「銑鉄物製造制限規則」が施行され、軍需関連品以外の製造が禁止されることとなってしまいました。南部地域では150人いたといわれる職人のうち、わずか16人しか鋳物の鋳造を続けられなくなったそうです。
終戦後は、アルミニウム製品に押されて需要は減り南部鉄器は衰退しつつあるそうですが、近年では「茶道具」などの伝統工芸品のほか、実用的な調理器具としてもその良さが見直されてきているということです。食生活の欧米化に伴い、焼く調理などの洋風料理に使用するものも増えてきていて、実際探してみるとさまざまな種類・デザインがあります。また海外ではその芸術性の高さから鉄瓶に人気が集まり、一部のメーカーは欧米への輸出にも力を入れているそうです。

その製造については、「デザイン」→「鋳型の製作」→「模様押し」→「鋳型の組み立て」→「原料(鉄)の溶解と鋳込み(鋳型に注ぎ込む)」→「型から製品を取り出し」→「金気止め」(これは炭を燃やして高温で焼く仕上げ工程です。 この作業によって鉄瓶の内部には酸化皮膜という皮膜が出来ます。 これがさび止めの役割をしています。この技法は南部鉄器から始まったものだそうです。)→「研磨と着色」→「つる(持ち手)の取り付け」という流れです。

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聞けば聞くほどに職人のこだわりによって製造されているのだと感じました。上記に記したのは、大まかな流れで、実際の工程はもっと多く、完成まで2ヶ月近くかかる場合もあるそうです。

「鉄瓶」は毎日使ってあげることが一番のお手入れになるそうです。そして、ちょっとした気を付ける点もあります。製造でふれた「金気止め」でできた皮膜を破損させないでなるべく長持ちさせつつ、その間に早くお湯に慣らすことが大切だそうです。皮膜がはがれないうちに湯あかをつけてしまうと鉄瓶の内部はだんだんと白っぽくなり、 もっと使い込むと完全に白くなり、そこまでいくと水を仮に入れっぱなしにしても錆びなくなるといわれています。最近では、IH対応の「南部鉄瓶(なんぶてつびん)」も販売されております。

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私はこの「南部鉄瓶(なんぶてつびん)」の魅力にすっかり取りつかれてしまいました。
確かに今の世の中に在る「便利なモノ」は本当に便利です。そうした世界からすると、「鉄瓶」を使って「湯」を沸かして、「茶」を淹れるなどということは、面倒なことかもしれません。ただ、そのことに慣れてくると「道具」への愛着が湧いたり、ひとつひとつの行動が変わってくるような気がしています。現在使用しているものはまだ「初心者用」な鉄瓶です。まだまだ深く知りたいと思います。一度味わってみたいという方は気軽に石松園へお越し下さい。
「鉄瓶」と「おいしい茶」で、お待ち致しております。

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