石松園の原点~森の改良手もみ茶~
2013年09月05日 09:39
石松園の高野です。
昨日は日頃お世話になっている茶農家の方々と話し合うために「遠州森町」に行ってきました。
そしてその帰り道、久しぶりに「大洞院」に寄ってきました。
この大洞院という寺院には、浪曲でも有名な「清水次郎長一家」のおっちょこちょいだが人情に厚い博打打ち「森の石松」のお墓が在ります。勝負運がつくなどと言われ、その墓石は削られ、現在のお墓は3代目の墓石だそうです。
石松園銘茶本舗にとって、この大洞院という寺院はとても大きな存在として在ります。
私はこの石松園の3代目にあたるのですが、初代の濱吉おじいさんは静岡県富士市で保険屋をやっていました。
そこで自分の生まれた「遠州森町」の茶を近所の人達に振る舞ったところ、「是非これからも飲みたい。」と喜ばれたそうです。すると「お茶が好きで好きでたまらない自分に懸けてみたい」と、お茶屋を始める決心をしたそうです。
そして「遠州森町の茶」を扱うからと、この大洞院にお願いして現在の「石松園銘茶本舗」という屋号で、静岡県焼津市に移り、商売を始めたそうです。そして驚くことには、当時「これからも飲みたい」と言って下さった富士市の方々は今現在、世代が変わっても石松園の茶を飲んで下さっています。本当にありがたいことです。
現在、石松園が扱うお茶は、この初代の濱吉おじいさんが見つけた茶畑で、当時栽培して下さった方々の息子さん達の代が、変わらぬ栽培方法と製法でつくって下さっています。遠州森町からさらに山に入った、人の住まない、イノシシやシカがいる「木根」という地です。現在も新茶が始まる頃になると、工場の掃除を見に来る花島幸男さん(93歳)は言います。「未だに不思議だが、あんたのお祖父さんは当時道も何もなかった山を登り、よくこの茶畑を見つけたもんだな。」と。そして「改良揉み」という揉み方でこの土地のお茶をつくって欲しいと頼み込んだそうです。当時はこの森町でも「改良揉み」という荒茶の製造方法をする農家はあったそうですが、現在はこの「木根」の人達しかやらないそうです。ということはこの石松園で製造・販売させて頂いている「森の改良手もみ茶」は世界にただひとつしかないお茶であるということです。伊豆地方では「ぐり茶」というお茶があり、これが近いかもしれないと聞いたことがあったので、一度勉強させてもらいに行きましたが、全く違うお茶でした。
では、この「森の改良手もみ茶」が他のお茶と違う点は何か?
川霧の立ち込める山頂の茶畑で栽培されているということ。
この山頂の茶畑は山の北側の斜面にあるということ。
「改良揉み」という製法でつくるため、山の香りや山の味がはっきりと現れること。
それぞれについて解説します。
石松園の茶畑は、標高500M以上の寒暖の差の激しい場所に広がります。これらは一般的にも最高の茶が育つ環境と言われています。
まず「寒暖の差」がなぜいいのか?
茶葉も人間と似ています。昼の間、光合成という仕事をしてしっかり養分をたくわえます。夜は光合成(しごと)は行わず、昼間に合成した糖類を消費するだけです。よって、夜は気温が下がって、植物の活動が抑えられる方が、その分糖分は消費されずに植物内に蓄えられることとなります。それが、茶葉の「旨み」「甘み」となるため、昼夜の寒暖差が大きい分、茶葉の「旨み」と「甘み」が増すのです。
次に「川霧」がなぜいいのか?
ひとつにはお茶の最大の敵「霜被害」を防ぐという効果があります。
先ほど述べた「寒暖の差」は必要ですが、気温が低くなり過ぎると「新芽」が凍ってしまうという被害を受けてしまいます。「川霧」はそれを防ぐ効果が在るのです。それは「川霧」には熱をもたらす効果があるからです。一般に川辺は、水の蓄熱性により暖かく、また風が局所的には強いため凍結しにくく霜が降りにくいという利点があります。風が吹く日は冷え込んでも余程のことがない限り霜も降りません。
もうひとつには、「日照遮断効果」があります。
「川霧」によって直射日光がさえぎられることで、茶の樹は光合成が出来にくくなります。そこで、茶の樹はより光合成が出来るように自分の葉の中に葉緑素を増やそうとします。このふやされた葉緑素が綺麗な緑色をつくりだしたり、旨み成分を生成したりします。また、直射日光の紫外線を浴びることで増える「カテキン」という成分の生成も抑えられ、逆に「テアニン」という甘み成分がしっかりと生成され、まろやかな味になるとも言えます。(これは以前のコラム「玉露」の栽培方法における「こも」の役割を「川霧」がしてくれているということです。)負荷を受けることで、苦難を乗り越えることによって、茶葉も自分が持つ本来の香りと味が出てくるのかもしれません。
(2)なぜ「山の北側の斜面にあること」がいいのか?
ひとつには朝日が昇った時の直射日光の当たるかげんです。特に新茶の芽が出る4月は、朝晩はまだ冷え込んで日中はかなり気温が上がります。この冷え込みで、寒さで縮こまった新芽の細胞がこの朝日で解凍されるわけですが、南側だと朝日がガンガンにあたる中で一気に解凍されることとなります。それに比べて北側の斜面ではゆっくりじんわりと解凍されていきます。このことが茶の生育に好条件なのです。
もうひとつには日照時間の違いで茶葉の色にも影響があり、北側の方が色目がいいということもあります。
(3)「改良揉み」とはどんな製法か?
一般的に煎茶をつくる工程には以前のコラム(お茶の基礎知識2 「お茶が出来るまで。生産〜製造〜流通。」)
でも少し触れていますが、最後に「精揉(せいじゅう)」という茶葉をピンと伸ばして整形する工程があります。この「森の改良手もみ茶」の製造工程にはこの「精揉」という工程が在りません。そのため見た目はくりくりと丸かっていてます。「形状」を重視する茶業界においては異端な存在だとも思います。でも、初代の濱吉おじいさんはこの製法にこだわったのでした。直接本人の口から聞いたことはないのですが、農家の方々のお話と自分の想像を合わせると「山の香り」と「山の味」へのこだわりではないかと思うのです。この地には先に記した2つの産地的特徴が在ります。これをさらに強く表すためのこの製法だと思うのです。私はこのお茶について人から尋ねられた時、最後に必ず言う一言が在ります。「このお茶はもしかしたら万人受けするお茶ではないかもしれません。ただし、この茶を飲んでこれ以外は飲めなくなったというお客様がいらっしゃるという現実もあります。」事実、先に述べた富士のお客様はお客様も3代目に変わっても、変わらず「森の改良手もみ茶」をご愛飲いただいております。
私はこうした石松園のルーツを大切に、今後も自分の茶業に邁進していきたいと思います。